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Haruka Yanagisawa / ライター&翻訳業/ 北欧、キャリア、働き方、ジェンダー、コミュニケーションなど

私がモルックデビューした日

私がモルックデビューした日

すべての始まりは8月某日、おとめ座B型の男の事務所を訪れたことだった。そこには茶色い丸々とした穏やかな猫がいて、朝から押しかけた我々客人を、嫌な顔ひとつせず優しく迎え入れてくれた。「会長」と呼ばれるその猫は、ときどき、2本足ですっと立つことができた。立っているとまるでお地蔵さんのようだった。

朝から雨が降り続いていたその日、おとめ座の男は誕生日だった。誕生日に朝から取材・・・その日初めて会った人間から質問攻撃に会う・・・なんだか申し訳ないような気がしたが、どうにもならないし、私はそれまでに男の公式プロフィールには何度も目を通したが、当日が誕生日かどうかなんて、思いもしなかったのだ。

その男の名は森田哲矢といった。「さらば青春の光」というおしゃれなコンビ名で活動しているお笑い芸人である。さらに彼の戦友2人も加わり、取材が始まった。

彼らの心を掴んでやまない、「モルック」なるフィンランドのスポーツについてのインタビュー。


このときの私は、まだ、モルック覚醒前。もちろん、取材準備のために、何人かのフィンランド人からモルックについて教えてもらっていたし、森田さんたちのモルック記事、モルック動画にも目を通していた。しかし、

「身近にある木を使って遊びを発明する点、なんともフィンランドらしいなあ〜」(※フィンランドは森林大国)

という感想を抱きこそしたものの、何がそんなに面白いのかはピンとこなかった。いや、楽しいとは思うけれど、動画などから伝わってくる森田さんたちの熱量たるやものすごいものがあり、「そんなにハマるようなものなの・・・?」感はぬぐえなかったのだ。



というわけで取材ではシンプルに、モルックの何がそんなに魅力なのかをたくさん質問した。

2時間後。

私はモルック中毒を発症した。

* *

取材を終えてから、頭がモルックのことでいっぱいになり、いつなんどきも、モルックのことを考えるようになってしまった。まるで禁断症状。まだ、始めてもいないのに。

数日後、不意にAmazonでモルックを検索しはじめ、そのまま「購入」ボタンを押した。

しかし、ちょうどなんだかんだ仕事が忙しいタイミングで、届いたモルックは、しばらく玄関に置かれたまま放置された。外に投げにいく時間がとれないので、ある夜こっそり、家で投げてみた。失敗してむき出しのフローリングの上に落ち、床に傷がついた。やはりモルックは外でやるもの・・・。友だちに連絡し、公園でモルックをやる計画を立てた。

* *

そのさらに数日後。大きな仕事を終えた翌日のことだった。

それは日曜日で、前日に仕事を終えた開放感から、朝からふんわりと良い気分がしていた。

早起きして、コーヒーショップでコーヒーを飲みながら本をぱらぱらをめくって店を出たその時、悟った。

「私は今日モルックをしなければならない!」

あまりにもはっきりと、揺るぎのない気持ち。それはまるで、村上春樹が4月のよく晴れた日の午後に、神宮球場でヤクルトスワローズの試合を見ていてバットがボールに当たる音を聞いた瞬間「小説を書こう」と決意したときのようだった。村上春樹はそのときのことを英語のエピファニー(epiphany)=「直感的な真実把握」という言葉を使って表現している。

まさにそれだ。エピファニー。

私がモルックを始めることは揺るぎのない真実、天からの啓示のように思えたのだ。



慌てて家に帰り、玄関に置かれたモルックセットを抱え、公園へ出かけた。



説明書を見ながら、スキットル(木のピン)を並べる。

初めての、スキットル。

そして、初めての投球・・・ならぬ投棒(モルックは、棒状なので)。



エピファニーの感覚はそれからずっと続いており、私は、フィンランドの白樺で作られているモルックを右手に握る感覚だけで、これは幸せだと思った。フィンランドの森、私の愛してやまないフィンランドの森と、モルックを通してつながれるのだ。

さらには、モルックが空を舞う景色。うまくスキットルに当たったときの、カーン!という小気味よい音。

すべてが、すべてが、愛しかった!!!!

2019年9月8日は私のモルック記念日。

2019年9月8日は私のモルック記念日。


正式には、「今度一緒にやろうね」と友だちと約束した日が私のモルックデビューになるはずだったから、この日は、あくまでプレ・デビューだ、予習だ、ちょっとした自主練だ、と自分に言い聞かせ、もっとやりたくなるのをこらえて40分ほどで切り上げた。



上手いとか下手とかは、今日のところはどうでもいい。

ただ私の胸はいっぱいだった。



好きなものがまたひとつ、増えた喜びと、五感のすべてに残るモルックの余韻と。



そして納得した。これはたしかに、ハマる・・・。これたしかに、すごくおもしろいよ!

投げているときの無心になれる感じは、メディテーション(瞑想)効果に近いものもある。

今や私は、

「あーーー!早く仕事終えてモルックしに行きたい」

「あーーーー!早く週末にならないかなああーーモルック投げたいYOOOO!」

という気持ちにさえなっているのだから、怖い。

エピファニーとかいって崇高な言葉を使ってみたけれど、ただモルック中毒になったという話。



* *

かくして私は、モルックなるものに出会いけり。

すべては8月の、あの雨の日から始まったのだ。


*取材した記事は、まだ公開されていないのですが、近々、世に出るのではないかと思います。そちらも是非。

昔の日記②/ ラジオ 豊かさのある場所

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